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哀傷歌・・・ [思惟]

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急に祖母が逝去し、先週の後半はバタバタと慌ただしく過ぎ去っていきました。
サークルの卒コン開始一時間半前に知らせを受けて、卒コンはドタキャンし、
卒業式は学位記授与の代表だったけど急遽変更して頂いて欠席しました。

サークルの大半の同級生は進学などで残るからまだ良いけれど、
研究室の先輩方には最後の挨拶ができなかったことが悔やまれ・・・。

でも、いくらお世話になっていても所詮は他人。
身内の、血縁者との永遠の別れとそれを天秤に掛けられるほど、
自分は大人ではありません。てか、掛けるまでも無いだろうが(苦笑

祖母が好きだったかと問われれば、性格的にあまり好きではなかった。
その思想はどうなんだ・・・と思ったことも多々あった。
でも、安らかに微笑んだ顔を見た時、今までのことが全て美化されていった。
恍けているだけなのか、本当に認知症が進行して忘れられているのかが
分からないような受け答えにイラっとしたこともあったけど、
3週間前に病院で会った時の痩せ細った姿、張りの無い声に愕然とした。
先が長くは無いことは如実に分かった。だけど、こんなに急だとは思わなかった。

祖母の葬式の翌日に、美容院の方に無理を言って着付けをして頂いた。
卒業式には出られなかったけど、折角レンタルしたから袖だけでも通そう。
今回着なければ、金輪際着ることの無い袴姿を両親に見せよう。
特に父にはどうしても見せたいと思った。振袖の時と同様、袴を着ることにも
フェミニンなメイクやヘアセットにも抵抗があったし、袴を選んだ時も正直やる気が無くて、
袴の赤と黒のグラデーションが好みだったという理由だけで袴も選んだし、
そもそも袴を選びに母に連れられて行っていた道中にも、スーツが良いと駄々を捏ねた。
それくらい嫌だった。でも、今回の件で、抵抗より見せたい気持ちが上回った。
成人式で振袖を着た時ですら無かった気持ちだった。
相変わらず笑顔を作るのが下手で、写真撮影で苦戦させてしまったけど、
喜んでもらえたみたいで袴を着て本当に良かったと思う。

昔も今も長生きしたいだなんて微塵も思わないし、
できることなら早く逝きたいと常に思っているけれど、
自分の人生が長くなろうが短かろうが、振り返った時に、
悪くはなかったんじゃないかな。と微笑みながら逝けるような
人生を送れるように努めたいと改めて思えた別離だった。


今まで有難う。顔を見る度に泣いてゴメン。
直接言いたかったんだけどどうしても言えなかった。
もう惨めなことなんて何も無いから。
皆が待ってた暖かい場所で笑っていてね。
どうか安らかに・・・。

さようなら。

帷幔は閉じて・・・ [思惟]

昨日、サークルの定期演奏会が終わりました。
4年間所属してきたサークル。授業などで強制的に弾かされるのではなく、
自ら手にした初めての楽器・・・マンドリン。
R先輩に勧誘を受けて、社交辞令としてサークルの説明を聞き、マンドリンにも触れた。
でも、今だから言えるけれど、その時は正直マンドリンなんてどうでも良かったし、
特に心惹かれるものも無かった。打楽器は幼稚園の時に教育の一環で慣れ親しんでいて
好きだったけど、基本的に音階のある楽器は嫌いだった(リコーダーとかピアノとか)。
マンドリンは弦楽器だし、音階あるし、そもそも音楽サークルになんて入る気が無かったし。
なのに、結局は根気負けしてことと、自分自身がそのとき焦燥に駆られていたことと、
こんなにも誘って頂いたのに、入らないわけにはいかないだろう、と妙な責任感が働いていた。
「やりたい」というよりも「やらないといけない」と思って入ってしまったサークルだった。

最初は楽譜が全く読めなかったし、入部が少々遅かったこともあり、人に馴染めなかった。
入ったからには4年間続けようと思ってはいたが、同パートの先輩方とAちゃんに出会えていなければ、
一年持ったか分からなかった。
そして、その後に学年が上がると同時に役員になってサークルを動かしていくことになった。
何度もサークルを辞めたいとは思ったけど、これが自分を繋ぎとめてくれたというのか、
足枷になったというのか・・・(苦笑
すぐ下の学年が一人しか居なかったから、結局一年間だけのはずだった役員を二年間することになり、
自分の役職の相方は指揮者という重い立場になったために役職から外して、その一人が相方の
していた役職をそのまま引き継ぐことになった。
役職を投げ出して辞める勇気の無い自分が、後輩を放置して辞めるなんてことができるはずもなく、
そのまま時は流れて、4年になったらパートトップ。

だけど、今回は自分の処理能力の低さから休部したり、サークルサボりまくったりで、
同学年一サークルの出席率が低かった・・・。トップという役職を投げた。
だからなのだろう。演奏会が終わっても、感動しなかった。後輩からのメッセージカードを受け取って
読んで初めて感動した。優しい言葉を有難う、こんなヤツでゴメンと。
今まで見てきた演奏会直後の先輩方の涙と同じものを、自分は流せなかった。
当たり前だろう。懸けてきたものが違うのだから。

でも、緞帳が閉まって後ろから聞こえてきたすすり泣きが嬉しかった。
緊張から解放された皆が楽屋付近に集まっている中、人気も照明も落ちたステージから
客席を見て、去来するものがあった。
これがきっと最後のステージになったんだなと。幼稚園の時からずっと舞台に立ち続けていた。
最初はダンスで、次に役者として、そして演奏者として。
形は変われど、ずっとライトを浴びてステージに立ち続けられたことは、大きな思い出となるだろう。
今は人生の約73%を占めるこの経験の割合が小さくなっていっても。

色々あったけど、続けて来て、こうして終わりを迎えてみると思い出は美化されて。
悪く無かった。無駄ではなかった。寧ろ、良かった。有難う。そう思える。
もう、二度と会わないメンバーも居るだろうけど、忘れるなんてことは無いだろう。
さようなら。またお会いできますように。

2011-11-14 [思惟]

自分の性自認は何だろうかと常に考える。
書類に記入する性別は戸籍上の性別。迷わず書く。
でも、疑念が生じていないわけでは無い。
毎回、記入する度に小首を傾げる。本当だろうかと。
器と機能は戸籍上の性別。でも、認識は伴っていない。やはりそんな気がする。

性格がサバサバしているとか、漢だとか、そういう意味では無く、
女性と会話をしていても女性特有の感性というのか思考というのか・・・に共感できない部分が多々ある。
特に恋愛絡みのお話。(精神面は共感できる時もあるのだが・・・)
相手が話をしてきたら、ちゃんと相槌打ちながら聞きますが、まあ・・・聞くだけ(苦笑
相手には申し訳無いけど、共感するフリをしています。
何故そうなるの・・・?どうして?
と思うし、そういう考えに至った過程を知りたいと思うけど、
実際にそれをすると、恐らく話の腰を折るどころか根っこを引き抜きそうで(笑

女性だと言われることに苦痛とまでは行かなくとも、違和感や虚無感が生じる。
だけど、男性では無い訳で。この不安定な、地に足が着いていないような感じが嫌なんだろうな。
中性なら中性と、無性なら無性と、両性なら両性だと明確にしたいのだろう。
結局、社会的にはどれもが明確ではないとしても。

全く、自分の性自認はどれなのか(苦笑

奇特な方々に支えられて・・・ [思惟]

気が付くのが遅くなりましたが、閲覧数が40000を超えていました。

こんな中身の薄い、いや寧ろ限りなく0に近い内容のブログを

見て下さる皆様のお陰です。有難うございます。

今後もきっと下らない内容ばかりだとは思いますが、楽しんで頂けたらな。と思います。

ブログは本来、為になることや楽しかったことを書くべきところだとは思うのですが、

これは自分の「engram」ですので、つまらなくてもいいや。と最近は考えています。

すぐに脳から流れ零れる記憶と感情と思考を痕跡として残す場所として、利用していく。

数多あるブログサイトの中に、これも数として加えさせて下さい。

さて、ひとっ風呂浴びて、実験に備えますか。

等閑な精神・・・ [思惟]

最終面接を受けた企業からの電話連絡が来なかった昨日・・・。
そして、院に進学するのかしないのかの回答書の提出期限である今日・・・。

嗚呼・・・教授から直接の呼止とか卑怯だっ。

判断は君の人生だから君自身が決めなさいって言っていたけど、
院来いって言っているようなものじゃないか(泣
お陰様で、煙草の消費率が半端ないです。
週に一本吸うか吸わないかの人間が一日に五本も吸った。
我ながら分かりやす過ぎる・・・っ。

まあ、院試の際の面接で、「合格したら院行く」って行ったのが全ての元凶か。
あの時に、「合格しても、就職活動を続けます」って言っておけばまだ逃げられた。
就職活動に疲れて、筆記試験もボロボロの状態で面接だったし、あんな出来で受かる訳が
無いと確信していたから、すっごくどうでも良い気分ですっごくテキトーなこと言った。
確実に落ちる部類の人間だったのに、何故受かったのか未だに分からない。。。
裏でどんな成績改ざんしたんだろうかと、疑わずにはいられない。

院に進学したら全て丸く収まることも、誰もが安心することも分かっている。
ただ、自分の心の曇りをおざなりにしておけるかどうかの問題であるだけで。

飼い殺しを是とするか、放浪を是とするか。

これだけの違いに何時までウジウジ考え留まっているんだか。

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